甘い生活までの道のり

ラブラブな生活になったら終了

ずっと昔からのルーチンワークを今年もひとつ終わらせる

実家に帰った。

 

そのたびに

両親と歳がさほど違わない、むしろ年下の人が亡くなってる。

そう思うと、元気でいてくれる両親に感謝だ。

 

でも、年々父親のわがままは強くなるため、

父親の面倒だけでもしんどいのにお盆はみんなが集まるものだという

考えの元、家族を集合させる。

小さい子供たちは楽しいけれど、大人たちが大変なばかりで

 

母親は楽ではない。

 

家族が集まるのはいいけれど、老齢の家に訪問するのは

絶対に短時間がいいと思う。

子供たちが、とか

せっかく来たのだから、とか

ではなく

 

家に長く滞在するほど、その家の者が大変なのだということを

気付けない。

 

そして、

この時期に集まるということに、ただ義務を果たしているだけで

むしろ帰ってくる大人(自分の子供含め嫁)のことは毛嫌いしていてても、

帰ってくるものだ主張するところは、

父親が一年の行事としてのルーチンワークにしているだけだ。

 

 

田舎故、

古い時代故、

時間が止まってるというべきか。

 

 

 

私が実家から帰り際、

やっぱり

私がいてくれてよかった。と母親が言うとなんだかかわいそうになる。

  

老齢ゆえ、家族が会いにくるのはいいけれど、

長くいてほしくない。

それが本音。

 

 

 

 

 

お盆に帰る。

田舎にいる限りは、お盆はお正月並みに大変で、

母親のことを考えると、独身だから好きに遊びに行けるかというと

それができない。

 

 

今年も

兄弟家族をお迎えするために

実家へ帰るという毎年の行事になっています。

どこかに嫁いだかのような生活。

独身だからって自由じゃない。

 

 

やっと実家から帰ってきて寝る。

明日からの平常どおりの生活にもどるため疲れをとる。

毎年のことであり、

なんとも言えない過ごし方である。