いつのまにか更年期と戦っていた

これって更年期?と思うことや、勝手に更年期だからと決めつけたりしながら日々過ごす独身会社員のつぶやき

縁がない人は去っていくものだ

お題「2017年を振り返る」

 

人の縁が多く切れた年だった。

 

人間は人生の必要な時期に、必要な人間としか出会わない。とよく言う。

 

そのとおりだと、いつも心に言い聞かせているし、たまにふと、

この人は私になにを伝えるために今目の前にいるんだろうと考えることもある。

 

そして、そこで色々と学び尽くして一緒にいることの意味がなくなれば遠ざかっていく。というのも、納得する。

 

今年は、その、一緒にいることの意味がなくなっただろう人が遠ざかっていった。

遠ざかったというか、もう終わった、という感じかもしれない。

 

私のテンションが違う方向に向いてしまったのか、考え方の違いがあったのか、まったく理由はわからないけれど、ああ終わりか…という気持ちで、すっと記憶から消したって感じで、

それは好きだった人ではなく、今まで関わっていた友達含め。

 

 

自分の生き方が今変動中かと納得してみたが、仲良くしていた人と連絡しなくなるのは、少しだけさみしい。

喧嘩や仲違いで離れたわけじゃないから、やっぱり連絡してみよう!と思い直して連絡してみても、不思議に以前との関係性が変わって感じる。

これは、やはり終わりか。

 

 

そんな人が多かった。

 

 

私の生き方が問われ始めてるかもしれない。

ごっそり付き合う人が変わる時期なのかもしれない。

 

 

リセットすることに躊躇しないタイプだけれど、今年は縁というのはなかなかはっきりしてると思わずにいれなかった。

 

まあ、また新しい縁はたくさんあるだろうから来年期待したいし、切れた縁も、縁があればまた繋がる。

それでいい。

乾燥は大敵

マスクをして過ごした。

仕事中はマスクしていると、肌の水分を奪われる気がする。わざわざマスクしてなくてもいいと思いながら、今日は仕事納めで掃除するしと思うと外せなかった。

 

今働いてるところは、掃除をする習慣がないので、自分の身の回りだけをすれば済むのだけれど、なんとなく全体的にホコリっぽいからちょこちょこ自主的に掃除している。

 

しかし、今回は上司の机の整理をしなければならない。私が。

 

私しか、しそうな人はいないから。

 

私物を段ボールに入れるだけでも、書類が山ほどあるから進まない。

進まないけど、今日しておきたい。

新年早々遺品処理はしたくないからだ。

 

まあ、言うほどのものはない。

赴任して一年とちょっとだから、前いたところから持ってきた段ボールがそのままあったので楽だ。

 

マメな性格が、名刺の整理の仕方に表れてる。

どう思っても、まだ仕事したかっただろうし、そのつもりの状態で全て残っているから、ため息しか出なかった。

 

ちょっとだけの整理でも、ホコリっぽい。手も汚れた。汚いものはない、ほぼ書類なのに。

 

 

机の上は、白いカーネーションだけになった。 

任務終了。

 

自分の机まわりは片付かなかった。

 

 

やり終えて、ひと息ついた時、

マスクの下で肌が水分を欲してる。

やはりずっとマスクしてるのよくない。

手も乾燥している。

今にも静電気が起きそうだ。

 

 

あー、美味しいもの食べたいと切実に思うけれど、ひとりで食べるとなると食欲もない。

 

あぶらがおいしそうなお肉を頬張りたい。お肌が潤っていくようなものを食べたい。

 

錆びていくのは嫌だ…そう思いながら、

お疲れさんでカフェでひと休みをした。

 

お疲れさま、私。

 

 

まだ一年を振り返るには早い

マジでこの12月は元気なかった。

会社も結構休んだ。

上司が亡くなったことも大いに関係あるけれど、

なんとなく自分自身が疲れていたんだと思う。

 

それに伴って、いろんなことに自信がなくなってきた。

体力。

女性として。

社会人として。

今後のことを思うと、どうしようって潜在意識の中にある不安に思うものが

体調として表れているようだ。

 

うつか?

いや、これはうつかもしれないけれど、

れっきとした更年期なのだ。

 

そう思えば、生理っていつあったっけ。

ちゃんとあったはずだけど、

そろそろあるはず。

 

まったく記憶から消えてしまうほど、生理だった日も思いだせない。

えっちする男がいないと、ホントこうなる。

生理の日くらい、覚えていなきゃいけないのに。

 

まあ、まだ1か月経ったか経ってないかくらいだから、

「あがった」わけではないと思うけれど、

でも、

明らかにいまの状態が更年期からくるものだと思えるから

困る。

 

 

元気になれない。

ホント、困る。

 

世の女性の多くは、この状態と戦ってるはずだ。

私は、ひとり身だから、

誰とも話したくなかったら、話さない環境はあるけれど。

むかつくような環境がないのが救いだけれど。

 

ただ、

女性として考えたら、

まだ、女性として見てもらえる間は、彼氏がいてほしい。

老後がっていう男性じゃなくて、

抱いてくれる、まだ元気で張り切って一旗あげるぞってくらいの勢いの男がいてほしい。

たぶん、私はそれに影響されて元気になれると思うから。

 

 

来年は、そんな男と出会いたい。

結婚相手でなくてもいい。

私を元気にしてくれるような。

そして、私もその男になにかしらのいい影響が与えれるような自分で。

 

 

そんな前向きなことを考える。

もう少し、今年ももう少し。

逃したチャンスは次に期待する

婚活パーティーに誘われた。

 

女性が足りないからって。

 

 

今、とっても弱気な私に、

30代くるよ!って言って誘ってくれた。

 

 

ありがとう。

 

 

30代がいても、大丈夫って思ってくれるから誘ってくれてるのなら、

うれしい。

 

今、すごく、ひとりでいることがさみしい時なので、

彼氏が欲しいと思うけど、

せめて気分転換できればと思うのだけど。

はいはい~って喜んで誘いに乗れない。

そんな気分になれない。

 

 

残念。

 

 

 

とりあえず、今私の中でもやもやしている精神的なものが

払拭してから。

 

 

FBを見ると、みんなリア充してる。

やっぱり、明るいと、人は寄ってくる。

凹んでたらダメだ。

 

 

彼氏ができるかも????という絶好のチャンスだったけど、

こればっかりは、

次に期待する。

受け入れがたい現実から背くためにしていることは、自分を余計に傷つけることだった

たぶん、私は結構ショックをうけている。

 

自分の今の状況を、なにかでごまかしていたいと思っている。

 

上司が亡くなった。

 

好きな人に連絡した。

 

上司が亡くなって、寂しくなったから好きな人に連絡したというのもあるけれど、

 

ふと、自己分析して、

 

上司が亡くなったことを紛らわしたいから、好きな人に、

 

もう、こっちを向いてくれることはないのに、連絡している。

 

寂しくなることわかっているのに、連絡している。

 

 

返事はしてくれたけど、それ以上はない。

 

そんなことわかっていたのに、連絡して、わざわざ傷ついている。

 

 

 

 

わかりきったことをしている自分を振り返ったら、

 

私は、この上司の死でやりきれない気持ちを、

好きな人に振られたそれに置き換えて、紛らしてる。

 

なんとも、安直な。

 

 

 

 

彼は、もう、私のことなんて忘れていたと思うのに、

私が連絡したからたまたま返事してくれただけだ。

 

そんなこと、私はわかっているし、ホントにありがたい。

 

私は、それに付け込んで、もう少し甘えたかったのだ。

 

 

現実を紛らしたくて、その上に、さらに現実を紛らわそうとした。

 

 

ショックなのは、本来、好きな人にフラれたからではない。

 

受け入れたくない事実を、好きな人にフラれたことにすり替えてる。

 

 

 

 

 

まだ、ひとりになると、なんとなく耐え難く、

誰かと喋りたくなる。

 

これは、ひとりで生きていく上で、克服しなければならない現実。

悲しくても、つらくても、ひとりで乗り越えていかないといけない。

 

 

すでにフラれていることをわかっているのに、

紛らすために、またフラれてる。

 

バカだ。

 

バカだけど、

それしかできない現状かもしれない。

 

こんなに、現実を受け入れることが苦しいと思わなかった。

 

久しぶりにアルコールに頼る。

 

酔っていても、現実は現実。

 

情けない。強くなれない自分。

好きは好きで我慢しない

上司が亡くなった日、一日中なんとなく落ち着かないし、なんだか集中できないし、泣きたいし、それに誰かと喋って気晴らしがしたかった。

 

でも、会う人いないし、会いたい人いないし。

 

どうしようもなく、いつもと違う夜を過ごしたかった。

でも、変化のない夜で、なんかやるせなくなんともできない。

 

ふと、好きだった人を思い出す。

どストライクで、好きすぎて、あいどるみたいに好きという気持ちだけで充分だった。

 

上司は、思いがけなく命を落としてしまったので、そう思うと、

彼を諦めなくても、前みたいに好きという気持ちだけでいいと思い直せた。

 

そう思うと、いつのまにか連絡していた。

やっぱり好きだから、ずっと我慢してたのを今更ながら実感してなんだか笑えた。もしかしたら返事はないかも、そう思いながら。

 

でも、彼は私の期待どおりの答えで割と早い返事をくれた。

 

彼はなにも言わない。

私も言わない。

二人ともたぶん、このままずっとこうなんだろうなと思ってるはずなのだ。

 だから、また切れた糸を繋げてくれた。

 

上司の死は受け入れがたく、人生なにがあるかわからないことを学んだ。

自分からさよならしなくてもいいんだ。

縁のある人は、そばにいてもらう。

 

彼が許してくれたのは、それをすでに感じていたのかとちょっと過信気味に考える。

 

命の儚さを感じる夜

上司の奥さんから電話があった。

 

いつもお世話になっております!

 

元気に話してくるので、こちらも元気に返す。

 

 

実は今朝方、亡くなりました。

 

 

えー?

 

えー?

 

 

言葉が出ず。

 

上司は春の健康診断で肺に小さな影があって、手術を受けて良性だったので、後は術後安静にしていたら治ると思っていたのです。

 

だいたい肺の手術後は調子が戻りにくいらしく、再入院する可能性ありということは聞いていたので、再入院した時は、まあ順調に治ってるかなって思っていたのに。

 

 

退院して復帰3日後に元気に出張し、それが大丈夫だったからか、次の出張に出かける朝、救急搬送されました。

そこでも、たぶんみんな、無理したからゆっくりしてください程度だったはずで。

 

 

だって、悪性の病気ではなかったから。

術後特に苦しいかんじでもなかったから。

 

まるで、重病を患っていたかのように、

「容体が急変して」

突然亡くなりました。

 

 

本人は、また元気に出社すると思っていたはずで、きっと、自分の状況もわかってないかもしれません。

 

治したはずが、死ぬ羽目になるなんて。

 

無念だと思います。

 

 

そう思うと、この一瞬を大切にしながら生きなきゃいけないなと痛感するばかり。

 

 

なんだかいろんなこと手につかず、でもしなきゃいけないこと無理やりこなして、ただ

ぼっとしている夜です。