甘い生活までの道のり

現在更年期と奮闘中。ラブラブ生活になったら終了。

おばさん同士だからって同じじゃない!まあまあ馬鹿げた主張をひとつ

十分な歳です、若くはありません。

でも、「同じだよね」と言われるには、まだ早いと思っています。

 

すごい汗かきなのは小さい頃からなので、今更年期の症状として汗をかいたところで別段憂鬱になることはないんです。

体が疲れやすいのは、昼の仕事の後に忙しい繁盛店で夜遅くまで飲食での接客のバイトと、休みの日も販売の接客のバイトをしているからであって、それがたとえ更年期の疲れだとしても気にならないんです。ただただ体を休めたいだけなんです。

 

でも、この話をするとほぼほぼ同じ世代の女性は「更年期」やら「憂鬱な毎日」を自分と一緒のくくりにしてくれます。

同じ環境で、同じ状況ならともかく、です。

 

今に始まった事ではない汗かきに悩むことはないし、元気がないのも、体を休めて好きなことをすれば私は元気になるんですよ。

 

悩みはつきものですしね、と言われても、

経済的な悩みはあれど、会社は特に嫌ではないし、あえていうなら面白くない人との時間は避けたいというくらい。

 

これだけ一生懸命仕事していること誰に気持ちがわかるもんか!という気持ちでいるので、

見当はずれの同情に似た言葉をかけられても、イラっとするだけなんですよ。

 

そして、私は、

今まで彼氏は常に歳の離れた年下ということだけでもちょっと引かれるわけで、あまり自分のことは言いたくないし、今は年上であっても家庭を持っているおじさんと仲がいい。

世間の女性のすることに、だいぶかけ離れたことをしているんですよ。

今まで結婚に結びついていないけれどそれはそれで気にはしていないし、心配して欲しくないわけで。

 

私の気持ちのどの部分がわかるというんだろうか、と思うのです。

 

でも、人は

何も知らないおとなし人と見てくれるのです。

どうしても、人はそう見る。

見た目、なんでしょうか。

 

2人くらい小さい子供がいる家庭安泰なイメージ、と言われて

それがまあ普通かなというので、それをキープするようにしたいけれど。

 

とにかく、

私はまだ自分のこと諦めてないし、

私たち、って一緒に括って欲しくない。

 

そんなこの頃です。

 

でも、この前もう後期高齢者になって久しい父が、

年寄り扱いされて腹が立つ!と言っていたので

これは、遺伝なのかもしれません。

歳を感じているけれど、このままではいたくない

昨年は年齢を感じずにはいれなかった年だった。

アラセブンの人と接するばかりで、しかもその世代はみんな「まだまだ頑張れる」という意識が強いため「負けたくない」とか同等の気持ちになられて、もっと先輩意識を持ってもらってもいいのに「友達」ぽくしてくれるのが私にはとても逆効果だった。

 

もう若くない。。。

 

そう、思う毎日。

 

確かに若くはない。

でも、歳以上に老けたくはない。

 

 

バイトでお客さんにも熟女とお世辞混じりで言われて。

 

熟女か。

 

 

熟女って、古いけど五月みどりとか名取裕子とか、なんとなく昭和な匂いのする大人っぽい人を連想するんだけどね、私そんな色気がある女性のイメージではないしな。

 

 

そして自分自身も感じるようになった。

カジュアルな服装がどうもいまいち似合わなくなってきた。

年齢重ねていてもセンスがあれば着こなせる域のものでも、なんか違う。

かなり、ダサさが目立って着た。

 

仕事とバイトに明け暮れて、疲れがすっかり足にきてるからというか、どこかが悲鳴をあげているのを足が警告しているようにも思っていて、そりゃリラックスできてない分、顔だって体だって老いてくるよね、でも生活のために働いてるから休めないし。

 

大好きなスポーツクラブも行けない

だからと言って家でストレッチする元気もない

マッサージ行く経済力がないし、時間が取れない

むくんできて、おばさん体型になるのも無理ない。

残念ながら、ぼってっとした自分を鏡で確認するしかない。

 

 

いや、これではダメだ!

 

気を取り直して、スポーツクラブとかマッサージ行こうか!!って思う時もあるけれど

次の日起きて改めて考えると、お金かかるしと思ってしまう。

 

負のループすぎて、ほんと怖い。

 

 

大好きだった人が、

俺は(他の人と)結婚するから!と言い放ったのも、私の老け具合が気になったからだろう。

自業自得すぎて、今年はなんとかしたい!と思う。

 

 

そんな時に、

元彼から連絡が来るようになった。

 

私が付き合った中で、一番歳が離れている人。

なのに、一番楽しくて仲が良かったし、

歳が離れているからという気後れがそうさせるのか育ちなのかわからないけれど、私が財布を出すことはなかった。

 

遠距離だからすぐ会うことはないから、とりあえず

復縁することはないけれど、

なぜかなぜか、今になって私と同棲したいと言ってきた。

 

彼女いないの?

って感じだったけれど。

 

寂しいのか。

っていうか、多分彼はモテるから別に女には困ってないはずで、

自分から好きになる人が今いないんだなと解釈した。

 

 

おばちゃんだぜ、私は。

 

 

 

でも、酔っていない時に電話してきて

抱きたい

とか、ほんと、おばちゃんの気持ちを揺るがすNGワードでてくるし。

 

とりあえずそんなNGワード聞くと、自分磨きは必要だなと気合も入るわけです。

それが現実になるとか関係なく、神様がもっと綺麗になりなさいと元彼を使って言ってくれてるような気がする。

 

頑張らなきゃ。

 

 

 

それに、

急に、新しい環境(仕事)になると立て続けに3人から聞いて、またもや、自分が同じ場所で足踏みしていることに力尽きる。

 

春になると、この3人たちはもう新しい環境でスタートなんだろうと思うと、本当に、私はこのままでいいのかと思う。

 

このままで、いいんじゃないの?という年齢なんだけどね、私は。

 

このままでいいとは思えない状況だから、変えなければね。

 

もがく私。

 

とりあえず、環境だな。

いずれ行くアラセブンの年齢の方々には悪いけれど、

年寄りの相手をするのは、若い時の自分で今ではない。

ごめんなさい。

環境を改めなければ、進むこともできないからごめんなさい。

 

命が縮んでるんじゃないかと思う働き方を改めなければ。

 

おみくじに言い当てられた。這い上がるしかない。

正社員の毎日終電で帰るほどの残業、ていうのがなくなってきている。

切羽詰まった仕事をしなくてもよくなったわけではないとは思うけれど、世の中がそういう傾向になってきた。

 

 

私は派遣で働いているので、生活が大変だ。

他の同じ状況の人たちがそれで生きていけるのだろうかと思うほど、私にとってはギリギリなのだ。

 

なので、バイトを掛け持ちしていて、全部で3箇所で働いている。

会社帰りと、休日と。

本当はもっと別な副業を考えているけれどなかなか思うようにならず、手っ取り早くできる飲食接客業で、体力勝負なのだ。

 

今の飲食業界は人手不足で、どこのお店も少ない人数で回しているから忙しい。

売り上げが多い店であってもさほど時給が言い訳でもなく、アルバイトすら来なくて、従来の人がヘトヘトになりながら店を支える。

 

私も毎日会社で頭を使い、夜は立ちっぱなしで慌ただしく動き、水仕事もする。

足はパンパン、手は荒れる。

疲れるから、家に帰れば寝るだけ。

洗濯するのが精一杯の家事。

 

このままではいけない。

そんなことを思いながら毎日を過ごす。

 

ちょっと自分にご褒美で、近くのカフェに行く。

昔は、カフェ巡り楽しかったけど、今はカフェ巡りもできない。

 

起きて出かける元気がないのと、行きたいカフェがどこも少し遠いのと、

そして、出かけて使うお金がない。

 

ない、と言ってしまうとダメなので言わないようにしているけれど、

あれだけ外出が好きだったのにできていないのは、これが大きな理由だから。

 

情けない。

 

みんな、どうやって生きているんだろうと不思議に思ってしまう。

 

思い返せば、去年は特に後半はバイトに追われてとても体が重かった。

体力のなさを痛感しながらも、まかないがでて晩御飯の節約になるから我慢した。

そのおかげでスーパーに行く回数は格段に減った。

ほぼ、行かない。

行っても生物を買うのは考えないと、家で料理をすることがほぼないから食べきるか冷凍保存するかだけれど、冷凍してもいつ食べるかわからないから買わなくなった。

 

朝に食べるものだけは必要なので、パンや果物を少し買いに行くぐらい。

 

だからと言って余裕ができたわけではなくて、

ずっと貯金ができない。

大好きなカフェに行くのも渋るくらいだから、余裕なんてないのだ。

 

みんな、どうしてるんだろう。

そう思うしかない。

 

 

関西に住む私は、毎年初詣よりも十日えびすに行く。

昔、もっといろんなことをしていたので、商売繁盛のために参り出したのがきっかけ。

わたしとしては、十日えびすと節分に重きを置いていて、

このえべっさんで、今年初めてのおみくじを引いた。

 

「凶」だった。

 

今までから初めての「凶」

今の状況を考えたら、そうだよなって思うので納得はしつつも

やっぱりショックだった。

 

大きな神社境内には他にも小さい神社も祀ってあって、

もう一度違うところでおみくじを引く。

 

10分後くらい。

 

半吉」だった。

言葉に惑わされていたからか、「凶」じゃなかったから少し安心した。

でも、書いてあることはほぼ同じだった。

 

おみくじは引くだけなのに、こんなにも的確に当ててくる。

不思議だ。

本当に不思議だ。

心して進まなくてはいけない。

這い上がるしか、ない。

 

 

いいことが書いてないおみくじは、読むとそこに結んで帰る。

持ち帰らない。

十分気持ちが沈んでいるから、効いている。

 

これではいけない。

 

本当に、これではいけない。

 

そう思いながらも、今日も疲れて寝ていた。

やっとパソコンに向かうことができたのは夜。

 

休みの日の深夜の作業は、普段の疲れが二倍になって来週に影響するからできない。

これは甘えと思いたくなくて、自己防衛。

体力が落ちるようなこと、風邪を引くようなことはできない。

 

今年ももう明けて10日経った。

わたしも、どんどん老いてくる。

老いと向き合う年齢になってきた。

もう、結婚したくてもできないかもしれない。

 

結婚しなくてもいい時代になったとはいえ、

一人で生きていくのは厳しい。

 

今年の目標は、自分の稼ぎは今の何倍もなるようにしたい。

何か買うときに小銭入れを開けるようなことはしたくない。

 

がんばろう。

 

休日は、バイト。

 

早く、バイトもしなくていいようになろう。

 

がんばろう。

 

 

 

 

親孝行イベントのお正月、変わらない日常

もう十分なおばさんなのだ。

だけど、生まれてからずっとお正月は家族と過ごす。

ずっとずっと同じように、お正月が「執り行われてきた」

 

後期高齢者の両親は、まだ健在で、

典型的な亭主関白な父と、典型的な良妻賢母で一歩下がった性格の母。

年齢を重ねて気が強いところが増えたとはいえ、丸くなったんじゃないかと思う父だけれど、母にはとても厳しい。

 

母のために父のご機嫌伺いをしているというのが、大人になってからの実家通いになる。

母はそんなことちょっとも気づいていない。自分のことで精一杯なのだ。

父の機嫌に左右されながら生きて、私たち子供が父の機嫌を損なうことをしようものなら「我慢している私」を主張する。

 

母が我慢しているなら、あまり父に反発しないでおこう。

そんな子供心が常に今でもある。

 

そのおかげで、

毎年年末年始は実家で両親の機嫌取りなのだ。

お正月。

母は父の機嫌を損なわないように、とお節料理をできるだけ完璧に作ろうとする。

毎年家族が集まってお正月を迎えるけれど、

義務でしかない私は、大概面白くはない。

 

さいわい、誘ってくれる人なんていないから

実家にいるけれど、

本当は一人でもいいから新しい年はどこか日常とかけ離れたところで過ごしたいのだ。

 

実家で両親の機嫌取りをしている自分が腹立たしく、

結婚してわざわざ東京から帰省していた弟家族を残して明けて間もない時に

一人自分の家に帰ったこともある。

 

独身だから両親の面倒を見なければならないって?

は?

 

もう、なんの楽しみもないお正月は義務である前に苦痛になっていた。

 

なぜなら、

父はお正月をこうしてああして、と理想があるのか

元日から母に怒鳴って、機嫌が悪くなるからだ。

お正月に父が笑って過ごすことは本当に数えるくらいで、

面白くない新年のスタートしかなかったのだ。

 

 

最近は孫が大きくなって、

父は私たちが小さい頃は目くじら立ててたことでも、孫となると

許してしまうくらい穏やかになった。

 

お正月の機嫌は、以前ほどではなくなった。

主導権は父と植えつけられているのに、もう老齢になったから

別に好きにしてもいいけど?ということが一部分だけ増えて

ちょっと拍子抜けすることもある。

 

十分なおじいさんだけど、

他のおじいさんよりは元気で頭も回るから、同じにしてほしくないという気の強さはあって、呆れるけれど、まあそんなもんかと納得しならが接する。

 

お正月は、

姪たちのおかげで少し、楽だった。

それでも

両親にしたら、私たちは自分の子供。

孫にかける言葉とはちょっと違う。

 

お正月を別のところで過ごしたいという気持ちは、

しばらく封印しておくことにする。

もう何回一緒に過ごせるかわからないし、孫の顔も見せなかったし、お金持ちでもないから、お正月くらいが親孝行できないのかもしれない。

 

「また帰ってきてな」

と、私にはそっという父は

昔から変わらない父なのである。

 

 

本能に則ると仕方ない

気持ちがわかるニュースだった。

 

https://www.google.com/amp/s/www.nikkansports.com/m/entertainment/news/amp/201912210000008.html

 

これは、この年代にならないとわからない切ない事実。

たしか、タレントの磯野貴理子さんもそんな離婚理由だったと記憶する。

 

諦めた年下の彼は、私が思う前に、子孫繁栄といって昔からの知り合いと結婚を選択した。

 

どれだけ好きでも、本能には勝てないのだ。

 

子供を産んでくれる相手を見つけたいのは、わかる。

 

産めない私が、子供を持ちたい人を独り占めする必要はない。

 

相手のしあわせを願うのも、ある意味、愛なのだ。

 

女って生き物は、究極の選択をしなければいけない。

 

産まないという選択はいろいろ諦める勇気も必要で、思う以上に強くなければいけない。

 

歳を重ねて、男に振り向いてもらえなくなるのは、

子孫を残せる相手かどうかだと考えれば、負けを認めなければいけない。

 

本能だから、もう、仕方ないのだ。

 

逃げなくても大丈夫だったのに、彼から逃げたかった

お題「わたしの黒歴史」

 

今までいい恋愛をしてきたか、というと、

そうではないかもしれない。

 

私は自分勝手な束縛しないタイプで、男性にとっては、

いいかもしれないけれどやっぱり物足りないのか結婚には至らなかった。

 

さらに、

私の見た目はどうやら「彼氏いる」「結婚している」風に見えるらしく、

しかも、安定しているように見えるらしく、

実際は彼氏がいないから寂しいのに、

私の一人生活がいかに不自由ない(から幸せそうな)んだと見られているようでそれはそれで嫌だった。

 

さて、そんな私の黒歴史

生活のために、スナックで働いていた時、

団体で来た客がいて、そういうとき幹事役の人と話す。

それがきっかけで、その幹事と付き合ったことがある。

 

全然タイプではない。

なのに、その時は寂しかったのか、

なぜか付き合うことになった。

 

車で外回りをしていた人だったので、頻繁に家に来るようになり、

長電話もいつもしていた。

 

離婚して一人だという話を聞いてから、色々昔の話を聞いていたら、

元暴走族のリーダーだったという。

 

なかなかの大きな集団の中のトップだったという。

 

どこか、名残があったので、

というか、昔やんちゃだったでしょう?と思う顔立ちなのだ。

 

全然タイプじゃないというのは、そう、顔だった。

そして、思考だった。

 

ヤンキー上がりで売っているお笑い芸人によく似た、ああいうやんちゃな顔で

顔に圧があるから、目が合っただけでみんな恐縮する感じ。

 

彼は離婚歴があるので、多分、私のことは大切にしようと思っていたと思うけれど、

ごめんやけど、

全然好きなところがなかった。

 

しかも、

やんちゃだっただけに、怒りっぽいところは健在で、

そして走り屋だっただけに、車の運転も(ちゃんと運転しているとはいえ)荒く、

その割には一人で病院に行けないという人だった。

 

そんな人と付き合ってしまったのは、

いい経験だったけれど、

黒歴史認定で、忘れたい出来事の一つ。

 

DVされたわけでもないし何されたわけでもないけれど、逃げ出したくて、長年住んでいた購入したマンションも売ったくらいだったから。

 

人生は出会った人に左右されると、痛感したもんです。

ドストライクは盲目ではないので忘れるのにエネルギー使う、の話。

大好きで大好きで、というか、

見た目から何から何までドストライクのタイプだった人がいる。

このブログはその人のことを書くことから始まっていたくらい。

 

年下だった。

彼は年上の私と仲良くしてくれた。

 

それから、もう6年が経つ。

 

出会った直後から、お互い会わないでおこうと何度も連絡を断ってはいつの間にかまたどちらともなく連絡をし、どれだけ久しぶりに会ってもついこの間会ったかのような、あまり他人行儀にならない人だった。

 

たぶん、私も彼も、

自分と話が合う人は少ない、と思っている。

というか、誰しもそうだろう。

二人とも、この人とは合うなと思っていたからこそ、ずっと続いている。

それが、ドストライク、ということか。

 

ただ、彼は、私とは付き合う気も結婚する気もない。

私も、大好きで大好きで仕方ないけれど、別に付き合ってなくても通じるものがあるからいいと思っていた。

変な関係。

ドストライクなのに、付き合わない。

変な関係。

学生か!ってツッコミたくなる。

 

月日が経って気になりだしたのは、彼の婚期。

周りの人が結婚してくると、きっと彼も結婚のことを考えるだろうと推測をする。

 

彼女の立場で考えた時、自分以外に誰かがいるのはいやだろう。

多かれ少なかれ、存在が気になるだろう。

そう思うと、私から去っていかなければ。

その辺は、年上のつらいところで、察してあげなければならない。

 

察するも何も、自分が年上だからという理由だけで好きな相手を諦めるのはどうかと思いつつも、若さ以外に私自身に魅力があるか?と考えた時、思いつかなかったのだ。

 

大好きな彼と出会った時、

彼情報を調べてみたことがあった。

若かりし頃に彼のことを書いていた女友達のブログを発見。

どうやら、その人は海外へ飛び立ったようだった。

 

 

彼と出会ってすぐに、彼は海外赴任が決まった。

そのころは大好きが止まらなくて、海外赴任を告げられた時はとても寂しかった。

海外生活をする彼は、たまに帰ってきた時に会ってくれたし、

ときに「海外赴任を希望する人が他にいなくて、忙しすぎて(希望したこと)失敗したなと思う」とも言っていた。

 

空港に着いてからすぐに家にきてくれたこともあったし、

付き合ってるわけではなくても、

もともとドストライクなわけだから、

会うのはいつもうれしかった。

 

ちなみに、彼も

年上の私のことを

ドストライク、と言ってくれ、

お互い、めちゃくちゃタイプだということは、理解済み。

 

そんな彼は、

ついに、春に私に重大告白をしてきた。

結婚する

かも

と。

 

ついに、きたか。

ついに。

 

私たちは付き合ったり、結婚するとかは考えていないとはいえ、

実際に相手に誰かがいるとなると、やはりつらい。

 

他の誰かに目を向けることだから。

他の誰かと、笑いあってるわけだから。

普段から誰かがいたとしても、言葉にされたらもう終わりを感じるしかない。

 

連絡しないように、は、できない。

相手にちゃんとお別れをいうしかない。

 

切ない気持ちで私から去っているのに、何度も

彼はまた連絡してくる。

たわいのない話。

 

ドストライクの罠。

また、連絡し合う。

 

連絡先を知っていても、連絡しなかったらいい。

というのは、通用しない。

 

先日

やっと、忘れてきた。と思って、つい思い出したら、

なぜかまた彼が連絡してきた。

おそるべし、ドストライク。

 

もう、会わないと決意もしていたし、

連絡もしないというそれは、もろかった。

 

彼と会ってしまった。

 

 

会った時間は2時間もなかった。

変わらず彼は飄々としていて、彼女の姿を感じるところは見当たらない。

でも、どこか前と違ったのは感じて、

次の日改めて、問い詰めてみた。

(春の時点で)結婚するって言ってたことを。

 

「結婚するであろう、彼女がいる」

そんな言い方。

本当に彼女なの?って疑いそうな感じ。

 

「俺以上に、日本にいないから(なかなか話が進まない)」

 

その一言で、全部がわかった。

なんてこんな時に私は勘がいいのだ?

 

 

相手は、

ずっと前に見つけた、ブログの彼女。

彼女は海外で働いていて、彼も同じように会社に海外で働くことを希望したわけ。

 

ブログは学生時点だったはずなので、もう長い海外生活。

彼も「日本で日本人と付き合っていくのが苦手」と言ってるくらい海外が多い。

もうずっと前から彼は彼女のことだけを追いかけて、

彼女に負けないように、努力していた。

 

私と出会ってからもう6年経って長いと思っていたけれど、

彼女はもっと長くて、それはもう一途としか表現できない域。

 

リスペクトしている相手なのかと痛感した。

彼女を幸せにしてあげてねと、苦し紛れに伝えると即答で「もちろん」

 

2時間にも満たない再会を振り返っても、

考えてみれば、彼の喋る内容や、持ち物なんかが

どこか彼女に通じるものがあった。

出会った頃からずっとしている足首のミサンガは、

たぶん彼女からのプレゼントなのか、もしくは、二人のこの先のための願掛けなのかと

察したりした。

 

私には、別段冷たくはない。

ほんの少しずつでも、前よりも大人になって優しくなってる気はしていたけれど、それは彼女とうまくいっているからなのかとも思えた。

 

その事実、優しく受け止めてあげなければならないのかと思うと

やっぱりつらい。

いつの間にか「何が知りたいの」と聞かれるほど話を突っ込んで聞いてしまったし、

そんな返しをされたら、もう話す気力もなく。

 

途中で

「結婚するかどうかわからないけど」と言い直していたけれど、

「結婚するであろう人」は「結婚を考えている」ということ。

 

それでも私たちは、お互いドストライク、だからね。

以前から私に「結婚してもいてほしい」と条件をつけていたし、

私も、ずっと縁を繋げていきたいと思っていた。

 

(結婚は)子孫繁栄のため、と彼は言っていたけれど、

やっぱり結婚するというのは、共同生活。一緒に生きていくということ。

その相手として、私じゃなくて、彼女だったといのは、

納得はするけれど、やっぱり嫌だ。

このまま続けていこうと言ってくれても、一緒に生きていく相手じゃない。

恋愛と結婚の違い、というやつか。

 

それに、私は奥さん向きでない上に、

海外で仕事をしている人と比較されたら、何一つ勝ち目はない。

年齢も、全て。

全部、勝ち目がない。

 

今度こそ、彼とは連絡を断つ。

連絡先を消すと宣言し、一方的に終わった。

これ以上は、私が惨めになるから。

ドストライクを切るのは、毎回本当につらい。

 

神経を消耗するからとても疲れてしまう。

その後の何日かは仕事が夜遅くまで続いて、クタクタになって、

つらい気持ちになる瞬間もなかった分、よく働いたから体が消耗した。

 

一日寝て、

彼に再会したことを記憶から消してみた。

彼には会わず(ずっと前に)気持ちよく終わったんだと言い聞かす。

 

それでも、縁を切ろうとすることはなかなかエネルギーがいる。

今まで出会った人と会わなくなることはたくさんあるのに、こんなに

強制終了がしんどいのは、ドストライクの彼だけ。

 

もう終わろうと思ったひとつに、

「俺は大したことないから」と言い出したこと。

 

そんなこと言わないで欲しかった。

そんな大したことない人を、彼女と私二人もが好きでいるんだよ。

大したことない人を好きになるわけないじゃない?

 

海外赴任を経て今は日本にいる方が多くとも、

海外担当には変わりなく頑張っているんだから。

 

大したことないんだという言葉の裏には

もう止してくれも含まれているとしたら、

これで

終われるのかと思った。

 

でも、出会えてよかった。

年上の私に、いろんな魔法をかけてくれたから。

ドストライクゆえ完璧に盲目になれた。

 

いや、これは盲目というのだろうか。

次会うまでに長い時間があって、冷静に考えてきた。それでも、

どうしても好きだった。

揺るぎないドストライク。

 

彼女のことと同じくらい、年上の私も捨てがたいとまで話していたことを思うと、彼も私のことは大切にしていたんだろう。

 

ありがとう。

 

別れ際必ず振り向く彼を毎回、このシーンを忘れまいと目に焼き付ける。

改札に入って、振り向いた彼は、とてもとても素敵だった。

 

バイバイって手を振る。

また、会える。

まだ続くと期待しながら、別れる。

 

いや、彼のしあわせを願ってあげなきゃ。

また力づくで忘れる努力をしなければ。

 

とりあえず、彼のことは引き出しに大切にしまうとする。