甘い生活までの道のり

現在更年期と奮闘中。ラブラブ生活になったら終了。

会社で希望すること、切に希望する。

今日は、お給料日だった。

お給料日に合わせて、お昼のお弁当代や親睦会費が徴収される。

お給料から天引きされてもいいだろうはずのものたちが、現金で徴収される。

そう、

お給料が現金支給なのだ。

 

ちょっとしたアルバイト料だと現金でもいいんだろうけれど、正社員の方々、みんなどれだけもらってるのか知らんが現金なのだ。

 

会社の面接の時、思わず「現金ですか!!!」と聞き返してしまった。

 

「それが何か?」と返されると何も言えず今日を迎えたが、本当に現金だった。

 

多分、これは年配の会長の意向なだけで、配り歩くのは若い社長。

 

「そこ、節約ですか?」って突っ込みたくなった。

 

 

 

でも、現金を見るのは、なんとなく気持ちが豊かになる。

人の前で数えることができないから、こっそり数えなければならないけれど、アルバイトではない重さがあった。

 

ただ、私は歩いて、バスに乗って、電車に乗って、いろんなところを大金持ち歩く羽目になる。銀行までが一番怖い。

ひったくられたら一ヶ月がパーだ。

 

 

やっぱり、やっぱり、コミュニケーションは別のところでするようにして、

お金は振込にして欲しい。

切に願う。

 

そして、今日も一日パソコンを使うことがなかった。

当たり前のように4枚複写に記入してバラしては、戻しを繰り返す作業だった。

パソコン操作忘れたくない。

この前までの精一杯のタイピングの努力は無駄になるのか!!!え?

 

 

慣れなければ。

そう、慣れなければ。

言い聞かせながら、銀行に入金をした。

 

 

会話から昭和の匂いを感じる会社に入って思うこと

新しい会社はとても昭和の匂いのするところで、あれこれがっかりすることがたくさんある中で、一番いやなのが、お近づきの話題として年齢を聞かれること。

あたり障りなく「どこからきてるんですか」と聞かれ、

「いくつですか?」とくる。 

 

1回目は濁す。

 

でも、しぶとく忘れた頃に(と言っても1、2日後くらい)再び「で、いくつ?」と不意をついて聞いてくる。

私に対しての興味は年齢しかないのかと思う。

今後のことを考えて2回目ではいうけれど、相手はただ自分の質問に答えてくれただけの満足感だけな様子。

 

ふーん。

 

今までは、「なにをしてきたのか」「どんなスキルを持っているのか」とか聞かれて自分の自信無さから面接みたいな気分でなんとなく肩身が狭かった。

事務しかできない自分が情けなく思って生きてきた。

何もできない自分から、この人たちにどうやってついていけばいいかと思った。

そう、年齢なんて関係ない人と一緒にいたから。

あえて年齢を考えるなら、こんな歳なのに若いあの人の方が断然色々知ってることが多いなあと、自分は何をしてきたのだろうかと自問自答していた。

 

で、今の会社はそんなことどうでも良さそうだ。

年齢だけが気になる。

そのほうが楽じゃないの?って思う人の方が多いんだろうけれど、

昭和に遡る、というか、入社した時代にタイムスリップした気分なのだ。

 

 

少しだけ若く見える私なので、聞いてくる人の心内は

「同い年かな」とか

「息子と同じくらいかな」というものだろう。

聞いたところで何も変わらないのだろうけれど、それしか思いつかないのかもしれない。

歳が近かったら仲間意識でお近づきなのかもしれないけれど、私は歳が近ければ近いほど興味がない。

見てきたものや感覚が同じな年代だからこそ、私は一緒にいて面白くないという偏屈な性格だからだ。

 

だから、私は年齢はあえて言いたくない派。

年齢を聞いたところでどうなるの?と質問したいのだ。隠したいのではない。

もちろん年齢がわかっている方がいい場合もあるかもしれないけれど、ちょっとだけ年の功を意識してもらえるかなというくらいだろう。

 

履歴書に年齢を書くので、面接をした人たちは知っている。

配属先の人に入社する旨を説明された時に年齢を聞いたそうだが、社長は言わなかったそうだ。それが余計に興味になってるのだろうけれど、社長はそんなこと関係ないと思うタイプなのかと少し安心した。

というよりも、社長自身も私が若く見えていたので長く勤めてもらえるという思いで声をかけてくれたのだとしたら、誤算だったのかもしれないけれど。

 

昭和の匂いしかしない会社の社長は、若い。

従業員が昭和だから仕方ない。

いいところは残して、変えていきたいという社長の意向はわかる気がする。

そして私がこの会社に入った意味がわかってきた気がする。

悪口を言いたいのではなく、せめて、平成が終わるのだからちょっと平成の匂いも取り入れてもいいのではないかと、新入社員の私は思うわけです。

平和な毎日だから思うことかもしれない

新しい会社に通う。

大阪という大好きな都会から離れた、下町の中にある工場を兼ねた事務所に通う。

「こんなはずじゃなかった」とはいうつもりはないけれど、もうオフィス街で働けないという気持ちが少しある。

経済的にも年齢的にももう余裕がないので、このままこの会社にお世話になると思うけれど、ここが最後かと思うと何もできないままの社会人生活だったのかと、なんだか複雑な気分なのだ。

 

そりゃ、全部自分のせい。

自分の実力のせいだ。

 

一旦都会に出て、そこからバスで都会から離れて行く。

バスの車窓から、都会にこんなにたくさん会社があるのに私は縁がなかったのかと思うと、テンションも下がる。

 

オフィス街で勤めるというのがステイタスで、大阪駅界隈でずっと働いてきた。

正社員も派遣も同じエリアでのみ働いていたので知り合いに出くわすことも多かったけれど、それも楽しかった。

 

なんやかんや言っても「縁がある」ところに行くわけなので、今の会社には感謝しかない。露頭に迷っているところに手を差し伸べてもらったわけだから。

それに、

都会は通勤経路だから毎日通過するわけで、全く行くことがなくなったわけでもない。

 

悲観しなくても良い。

 

 

それにしてもまだ慣れていないからか、もう歳だからか、寄り道せず帰る。

こんな早く帰るなんて、体調崩した時くらいだと思いながら。

そして、すぐ寝てしまう。

やっぱり通勤には疲れているんだろう。早く帰って色々できるのにご飯も食べずに寝る。

 

平和だ。

 

この毎日は安心するけれど、心の中にはまだ色々な思いがあって、

平和な毎日がやってきたけれど、これでいいのかと問いかける私がいる。

歳とともにゆるい毎日は理想的ではないのかとたしなめる私がいる。

 

自分を納得させる人生って、なんだ。

このまま終わりたくないという気持ちだけがブレない。

気持ちの余裕は経済的余裕があってこそ

随分いい歳になっているけれど、今日から正社員で働くことになった。

なかなか正社員ではとってもらないご時世、とてもありがたい。

 

 

昔は正社員で働いていて、制服を着てにっこり笑っていたらお給料がもらえる環境から抜け出したかったら辞めたんだけれど、まあ仕方ない。

 

 

ふりかえったら、7年間属さずに生活してきたことになる。

いろんなことをして、得たものは大きかった。

経済的には、困窮の極みだったけれどあのまま正社員を辞めていなければ体験できなかったことはたくさんある。とても充実していたと思う。

 

自分の不甲斐なさのために生活ができなくなったところに、声をかけてもらえたのは本当にラッキーで、心の底から安堵して、生きていけると思った。

現状は、どこにも生き場所がなくなっていたから。

 

 

一人で生きていくことの厳しさを知った以上に、誠実に生きることの大切さもしみじみ感じた。仕事はどこで誰が見ているかわからない。

誰がどう評価しているかわからない。

私のキャリアではない。

特殊な技術を持っているわけではない。

何もない私だからこそ、声をかけてもらうことのありがたさは言葉にできない。

 

派遣であったり、契約やアルバイトだったりすると、自分の道筋をしっかり持っていなければ、曖昧にしてしまうとあっという間にぬかるみに足が入って動けなくなる。

もう、私は立ち上がりたくても術がなく立ち上がれなかったのだ。

 

 

あまりにも究極な状況だったからか、正社員として働くことが決まっているのに精神状態は最悪だった。仲のいいおじさんがいたからこそちょっとは紛れたものの、それでも

もう消えたいと思ったこともあった。

 

 

仲のいいおじさんにも守るものがあるので、縋れない。

こういうピンチの時に助けてくれる人のありがたさが浮き彫りになるけれど、仲のいいおじさんはあくまでも仲のいいおじさん止まりなんだと決定的になった。

助けてくれた友達もいたので、その友達には本当に頭が上がらない。

 

何も生み出せなかった自分だけれど、正社員への道がまたあったと言うことは、これはこれでちゃんと進めているのかもしれない。

交通費をもらえるだけでも、心底嬉しい気持ちになっている自分。

お金の余裕は、本当に気持ちの余裕に繋がると痛感した。

 

 

雇われなければ生きていけない自分だったと言うことがわかった上で、それでもまだしぶとく雇われなくても生きていきたい自分もまだいる。

 

時間の自由が少なくなってしまうけれど、気持ちの余裕があるだけでまた違う思いで頑張れるんじゃないかと思う。

 

時間は有限と言うけれど、お金に余裕がないと本当に何もできなかった。

気持ちが萎えて萎えて、どうしようもない。

 

あまりにもつらい日々だったので、有限な時間で思い出づくりより私はお金を生み出さなければいけない気持ちしかなくなった。

これからも甘えずに頑張っていきたいと、窮地から救ってくれた全ての私の運に誓いたい。

 

涙を流すというのは体力を使うもんだ

ついに泣いてしまった。

いろんなことがイヤになって、ついに。

 

仲のいいおじさんとLINEしている時急に。別におじさんが原因ではない。

今の私の状況があまりに不安定だからだ。眺めのいいカフェでリラックスしていたはずなのに、泣いてしまう現実。

 

思っている以上の大粒の涙。

 

思っている以上にストレスがあることを自覚した。

 

仲のいいおじさんは慰めてくれるけど、単なるセフレだからわかってもらえる気はしない。年下のセフレよりはまめだけどなんら変わりがない。

 

ひとりだ。

 

無力だ。

 

なんにもできない。

 

そんな気持ちが涙になっていた。

 

普段泣かないと、涙を流すというのはエネルギーを使っているのかと思うくらい疲れる。

 

すごく疲れる。

 

帰るとなにもできずに、晩ごはん作る元気も食べる元気もなく、横になる。

おじさんから連絡があってまたあれこれ構ってくれる。

それすら、もう疲れてる。

 

 

目が覚めて気づけば夜中だった。

重い涙だと思った。

甘えられない

仲のいいおじさんは、私に甘えていいことをやんわり教えてくれる。

おじさんに、というより、人に。

 

今まで一人だったしこの先も一人だという気持ちもあり、また身近にいた男性は私には優しくはなかった。優しさってなに?て思うことはしばしばあったし、ちょっとしたことを優しいと自分で決めつけていただけだった。

 

好きな人にさみしい時に連絡していいのか遠慮してできなくて我慢する。女だから天災があると不安だけど、連絡をもらうことがない。

無茶なわがままなんて言ってることはなくて、それが逆効果で、ひとりで大丈夫な私を印象つけていたのか。

 

 

大好きだった彼は私が怒らないことに、怒れよ!と言っていた。怒る要素がなかったからだけど、そんな私だった。 

 

今、おじさんは優しい。

私もこの歳になって、甘えたいと思うようになってきた。

でも、おじさんには寄りかかれない。

結局、また甘えない自分でいなきゃいけない。

ヴィトンを持つ女

モノグラムの柄はあまりにも有名なルイヴィトンですが、久しぶりにその柄の鞄を立て続けに見ました。

どちらも昔のデザインではなく最近買ったような感じ。私は高級ブランドでもヴィトンはちょっとチャラいイメージで興味なくて、仲のいいおじさんが好きなブランドだというだけ。

 

今日見たヴィトンのバッグは素敵だった。持ってる人も上品で、私みたいに貧相ではない。

仲のいいおじさんは、こんな女性と歩きたいんだろうな。

そう思うと、本気で申し訳ない気持ちになってきた。

 

男は自尊心で生きてるもんだから、横に連れて歩く女も、抱く女も、自分が庇護する女も、みんな、自分の思う女であってほしいはずなのだ。

 

鬱の塊で綺麗にしない私は、ただ抱ける女なだけ。

 

遊ばれてるとかそうじゃなくて、やはり自分の不甲斐なさが相手を幻滅させる要因なのだ。

 

汗だくで靴鳴らして歩くおばちゃん。

 

仲のいいおじさんは私をそう詰るけれど、仕方ない。そんな私を見せてしまっている。

 

おじさんに更生させてもらってるから、きちんと応えたい。

たとえヴィトンを持てなくても。