甘い生活までの道のり

ラブラブな生活になったら終了

自分に似ている子供ってどんなんだろうと思う

妙齢になると、諦めなければならないことも

ちょっとずつでてくる。

それは、人によって違うとは思うけれど、

私の場合は、

 

 

子供を産むこと。

 

 

これは、

 

やはり、

 

もう諦めた。

 

 

絶賛出産適齢期は10代から30代と長かったのに、

産む気がなかったし、

結婚を考えるほど好きだった人はバツイチで子供がいたので、

私が彼の子供を産まなくてもいいかという気持ちだったため、

産みたい!という瞬間がなかった。

 

でも、

 

女性という本能で、

妊娠したいと思うことは多々あった。

子供がほしいというのと、妊娠したいというのは、どうやら

まったく違う感覚で、

男性が

この女性の中に出したいというのと、受精して子供を産んでほしいというのとの

違いじゃないかと思う。

すごく紙一重な感じだけれど、

とにかく

本能でエッチがしたくて仕方ないイコール妊娠希望とう時期があった。

 

その時に、結婚してもいいなという彼がいたら

そのまま子供が生まれていたかもしれない。

結婚するつもりがないと、妊娠希望であっても

本当にそれを実行することはなかった。

 

 

結婚するつもりがない人と付き合ってしまったから

今も私はひとりなんだろうけれど、

もう、閉経が忍び寄ってるとそれでも子供を産みたいという情熱はない。

 

情熱はないのに、

なぜか、最近子供について考える。

身内の子供がもう大きくなってきたのもそうだけれど、

いろんなところでみる赤ちゃんなど見てたら、

 

自分が産む子供はどんな風だろう。

 

どんな子供になるんだろう。

 

 

永遠に叶わないことだから余計考える。

 

 

しかも、

大好きだった人との子供だったら、

こんな顔かなーとか、

乙女の世界に突っ走る。

 

 

昔は、これっぽちも考えたことなかったことなのに、

今はとても興味深い。

遺伝子ってすごいなって思う。

それを確かめることができなかったのは、ちょっと残念だったりするし、

自分に似ている子供って、神秘だろうなとか、

いまさらながら生命ってすごいとか、関心が大きくなる。

 

なぜだろう。

 

もうそろそろ女を卒業しなければならない時期にかかってるから

最後のあがきみたいな感じで、

これも本能がなせる業か?

 

 

 

もう

子供を産みたいという気持ちはないくせに、

好きな人との子供だったら

産んでみたいなと心の底で思うのは、

それだけ、その人のことを好きなのかもしれない。

 

ということは、

子供を産める長い時期に

子供を産みたいと思える人に会ってなかっただけ。

私が産む!と思う人に会ってなかっただけ。

 

このことは、今世でできなかったこととして

来世に持ち越そう。

 

できれば、

今好きな人と、また出会って

私が産む!って思いたい。

 

 

すごいな。

 

産む産まない関わらず、

本能は

産みたいのだ。